

国際文化会館(International House of Japan)は、日本と世界の人々との間の知的交流を通じて相互理解の促進を図ることを目的として、1952年にロックフェラー財団などの支援により設立されたメンバーズハウスです。海外でも「アイハウス(I-House)」の名称で親しまれ、日本を訪れる方々の「Home away from home」として広く活用されてきました。
半世紀以上にわたり、民間の国際交流団体として独自に、あるいは内外の諸機関と協力して国際交流事業を実施し、インドの初代首相であるネール氏をはじめ、時代を代表する知識人に講演いただきました。「文化交流は人に始まり、人に終わる」をモットーに、「人」を主題とする考え方から、講堂・セミナー等の集会・会合スペースのみならず、宿泊と飲料も備えた施設を設けて、国際交流の「ハウス」を維持、運営しています。

敷地は江戸時代から幕末にかけて多度津藩(現香川県丸亀市)藩主の京極壱岐守の江戸屋敷であったもので、明治維新を経て、井上馨侯爵(外務大臣)の所有になりました。その後、久邇宮邦彦王邸(香淳皇后はこの邸でお生まれになりました)、赤星鉄馬邸そして岩崎小彌太邸と変遷し、終戦後国有地になっていた当地を国際文化会館が払い下げを受け、今日に至っております。
約二千坪の庭園は鳥居坂の坂上にあり、現在の庭園は1930年に三菱財閥四代目・岩崎小彌太が、平安神宮、円山公園他、東山南禅寺界隈に幾多の名園を残したわが国屈指の造園家「植治(うえじ)」こと七代目小川治兵衛に作庭を依頼し完成した池泉回遊式庭園で、近代庭園の傑作として知られています。2005年には港区の名勝に指定されました。
高低差をうまく利用した庭園では、深い緑が四季折々の表情を見せ、梅、桜に始まり、つつじ、紫陽花、そして秋には紅葉がお楽しみいただけます。また夜間には、ライトアップされた庭園は都心であることを忘れさせてくれます。

昭和の日本を代表する3人の建築家、前川國男・吉村順三・坂倉準三の共同設計により、1955年に竣工したモダニズム建築です。大江新太郎設計の旧岩崎小彌太邸は戦災で消失しましたが、その地下躯体と庭園が残存していたこともあり、現在の建物も同じ位置に建てられ、岩崎邸時代の面影がしのばれます。三人の建築家のうちの二人がル・コルビュジェの弟子であったことも、この建物に大きな影響を与えており、1956年には日本建築学会作品賞を受賞いたしました。
1976年には、前川國男氏の設計により旧館の改修と新館が増築され、2006年4月に大規模な改修を施しましたが、日本のモダニズム建築を代表する名建築の外観や、庭と建物の伝統的なたたずまいは変えることなく保存され、耐震補強、バリアフリーなどの、安全で使いやすい施設に生まれ変わりました。この保存再生は、戦後の名建築を保存する画期的な取り組みとして評価され、2007年日本建築学会賞、2007年グッドデザイン賞を受賞いたしました。また本館建物は、2006年に国の有形登録文化財に登録されました。

1955年のオープン当初は、会館での挙式は会員限定で、またスペースの制約もあり、人前式のみの小規模の挙式がほとんどでした。1958年6月には三島由紀夫氏が、川端康成氏の媒酌によりご披露宴を挙げられたことと記録に残っておりますが、1976年の改修・増築後は、会員の紹介者も挙式が可能になり、より多くの皆様にご利用いただけるようになりました。2006年の大規模改修後は会員の方々のみならず、一般のお客様にもご利用が可能となり、以来、施設充実と相まって知る人ぞ知る名園でのガーデン・ウェディングは、新郎新婦をはじめご参列の皆様を魅了しております。また、会員の方をはじめとして、ご子息やお孫様などが二代、三代と続いて愛される特別の場所となっております。