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【IHJアーティスト・フォーラム / レクチャーコンサート】 時をかけて ―文化的ユートピアへのスローな探検


  • 2014年5月21日(水)7:00 pm 国際文化会館 岩崎小彌太記念ホール
  • パフォーマンスとレクチャー: ハンス・トゥチュク(作曲家、日米芸術家交換プログラム・フェロー)
  • 演目: 『Issho ni 』8チャンネル電子音響楽曲 (2014年 世界初演)
         『agitated slowness』8チャンネル電子音響楽曲 (2010年)
  • 言語: 英語/日本語(逐次通訳つき)
  • 共催: 日米友好基金
  • 後援: 先端芸術音楽創作学会、日本電子音楽協会
  • 協力: 東京藝術大学 先端芸術表現科
  • 会費: 無料 (要予約)

ハンス・トゥチュク「教育や人の交流、芸術で一番大事なのは、好奇心を刺激すること。」
 このレクチャー・コンサートではハンス・トゥチュクの世界初演作を含む最近の作品を紹介し、そのコンセプトと、異なる大陸の音や産物を合わせて、ユートピア的で儀式的なパフォーマンスをつくる手法についてお聞きします。
 トゥチュクはドイツ出身ですが、長くオランダやフランス、米国で暮らしてきました。これまでに40カ国以上を訪れ、常にその土地特有の音や音楽を探し求めてきました。また現代のエレクトロアコースティック・ミュージック(電子音響音楽)における革新的な作品で知られるトゥチュクは、音楽以外の芸術形態やメディアにおけるテクノロジーの融合を目指し、油絵や写真、演劇、ダンス、陶芸、ビデオアートなどとの実験を重ねてきました。これらの試みは音楽的にもインスピレーションの源となっています。また共産主義下の東ドイツという出自が、これらの濃密な芸術的コラボレーションや、自分の考えを自由に表現したいという不断の渇望を生み出しており、1989年の政変以降もその強い思いは変わっていません。

ハンス・トゥチュク ウェブサイト
http://www.tutschku.com/

プログラム・レポート

ハンス・トゥチュク氏の手がけるエレクトロアコースティック・ミュージック(電子音響音楽)は、楽譜をもとに演奏するような作品とは異なり、録音物を再生し、それを完成形とする音楽であることが多い。今回のフォーラムでも会場に演奏家の姿はなく、代わりに客席を取り囲む8個のスピーカーが壁に向けて設置されている。トゥチュク氏が端末を操作すると、予想を超えるダイナミックな音が溢れだし、壁面に反響しながらホールの空間を隅々まで満たした。

トゥチュク氏は旧東ドイツに生まれ、多感な青年期に「ベルリンの壁崩壊」を経験した。壁に阻まれて育ったからこそ、その向こうの世界への興味がかきたてられたという。成人後は、英国やオランダ、フランスへの留学をはじめ、様々な国々に暮らし、各地を訪問してきた。どの国でも彼はその地域に特有な音楽や音そのものに注意を向けてきたが、とりわけ人の声を多くの作品で扱っているそうだ。そして各地で採取した音と、自身が作曲し演奏家と録音したフレーズをリミックスして、一つの作品に仕立てあげる。

レクチャーでは、一つ目の作品を例にその創作過程を詳しく説明した。『Issho ni』ではブルガリアン・ヴォイスと、スコットランドの羊飼いの歌声がミックスされている箇所がある。トゥチュク氏は、オリジナルの尊厳を損なわないよう慎重に扱いつつも、単に二つの歌声を合わせるのではなく、より良く調和するよう微妙にピッチを調整するそうだ。実際に使われた元の音も紹介されたが、ただ合わせただけの場合と調整した場合では、素人が聞いてもまとまりが違う。

このようにしてミックスされた音は、実際にはありえるはずのない、様々な民族の音と出会い、摩訶不思議な音の世界を生み出していく。地理的にはかけ離れた文化圏の音楽や、その場所でなければ聞くことのできない音、宗教的な聖なる音や極めて大衆的な音が、一つの音楽作品の中で出会うのだ。争い合っている国々を表象する音までもが、音楽という形の中で無邪気に調和を保ち、平和な時間を作り出している。本編では数えきれないほどの文化圏の音が重層的に現れて、電子音響音楽というジャンルからは想像できないほど暖かく、人間味あふれるフィクショナルなユートピアを展開した。なお、『Issho ni』はインスタレーション作品として作られたものを、コンサート用に作り直し、今回のフォーラムで世界初演したものである。

Photo: Lecture in Koyata Hall

二つ目の作品も同じような手法で作られているが、より抽象度が高い。もとは24個のスピーカーを前提に作られたそうだ。一作目同様、音楽的な盛り上がりと展開による儀式的ダイナミズムを持っており、これを3倍もの数のスピーカーで聴けばさぞ荘厳だろう。今回は客席を庭に向かって設置したため、一面ガラスばりの窓越しに、風にゆれる木の動きや鳥や虫が飛来するのが見えた。その様子は耳から聞こえる音楽と絶妙にマッチして、偶然と分かっていても劇的な意味を見出さずにはいられない。聞けば、エレクトロアコースティック・ミュージックは“耳のためのシネマ”と評されることもあるという。庭に面した岩崎小彌太記念ホールならではのドラマティックな音楽コンサートとなった。