【アメリカ・カナダ大学連合日本研究センター・レクチャー・シリーズ】
文学翻訳にまつわる難問

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  • 講師: ジュリエット・W・カーペンター (同志社女子大学教授)
  • 日時: 2015年5月13日(水) 6:00~7:30 pm
  • 会場: 国際文化会館 岩崎小彌太記念ホール
  • 共催: 国際文化会館、アメリカ・カナダ大学連合日本研究センター(IUC)、日本財団
  • 用語: 日本語 (通訳なし)
  • 会費: 無料

翻訳とは?文学翻訳とは?違いがあるとしたら、どこがどう違うのだろう。どうすれば著者の声を別の言語で再現できるのだろう。翻訳に携わるようになって半世紀、安部公房・円地文子・渡辺淳一・俵万智など、さまざまな作家の作品の翻訳に挑戦してきたカーペンター教授は、今でもその答えを求め続けています。著者の協力を得て完成した最新の翻訳作品である水村美苗の長編小説『本格小説』(A True Novel; Other Press, 2013)と評論集『日本語が亡びる時~英語の世紀の中で』(The Fall of Language in the Age of English; Columbia Univ. Press, 2015)を中心に、翻訳過程で拾い集めた洞察を通して翻訳とは何かを語っていただきます。

略歴: ジュリエット・W・カーペンター

Photo:ジュリエット・W・カーペンター1960年父と共に初来日。高校から日本語学習を始め、ミシガン大学ではE.G.サイデンスティッカー教授の指導を受け、日本語・日本文学研究の修士号取得。1969-70年にアメリカ・カナダ大学連合日本研究センターで学ぶ。1974年再来日し、神戸女学院などで教えた後、同志社女子大学教員となる。1980年最初の翻訳作品の安部公房作『密会』で「日米友好基金文学翻訳賞」を受賞。以来、俵万智の『サラダ記念日』をはじめ、難しいとされてきた司馬遼太郎の『坂の上の雲』など幅広い翻訳を手掛ける。2014年、水村美苗作『本格小説』の翻訳で再び「日米友好基金文学翻訳賞」を受賞。

*このレクチャーシリーズは日本財団の助成によるフェロー・プログラムの一環として実施されます。


レポート

1979年に安部公房の『密会』を英訳して以来、日本文学翻訳の第一人者として活躍するカーペンター教授。これまで手掛けた作品にみられる、翻訳するのがひときわ困難な表現や名称などを例として挙げながら、そのような難問にどのように対処してきたのかを解説した。

♦単に直訳しては、面白い小説にならないカーペンター写真
まずカーペンター教授は、日本語と英語との間には「どうしようもない言語の違い」があるため、ただ日本語の通りに英訳するだけでは、読みづらい作品になってしまうことがあると指摘。辞書を引く際も、訳語を単に鵜呑みにして馴染みのない言葉を使うのではなく、その訳語を考える手掛かりに、あくまでも自分で適切な語を考えて、読みやすい文章を作ることが大切だと述べた。しかし、時にはそのまま直訳することが効果的な場合もある。例えば「自転車で新幹線を追っかけるようなもの」というようなユニークな表現であれば、あえてそのまま直訳すると、英訳の読者にとって斬新な表現と映り、小説の面白さを引き立てることができる。「小説は面白くなくてはいけない」とカーペンター教授は強調した。

♦編集者との協働
また、英語にするのが難しい日本語の例として、「エンガチョ」を挙げ、それを “cooties”と翻訳したエピソードを披露。カーペンター教授はcootiesこそぴったりの翻訳だと考えたが、編集者から「その表現は米国人にしか通じないので、表現自体を削除した方がいい」と指摘を受けたという。それでも教授は、翻訳者としてこの表現は面白いと思うから、どうしても残したいと強く主張して編集者を説き伏せたそうだ。「でも編集者は未だに納得していないと思います」と教授が明かすと、会場からは笑いが起きた。 

♦翻訳はここまで大胆になっていい
続いてカーペンター教授は、文体にも言及。原作の文体をどこまで忠実に英訳に反映させるかは、バランスが重要だと指摘した。時には繰り返し登場する表現を数カ所削除したり、難解な用語や子供の話し方、関西弁など癖のある表現をそっくり削除したりもする。その代わり、子供の話し方であれば英語で読んだ時にそれらしく聞こえるように文章を工夫したり、なまりのある表現の場合は “In his rich native dialect,…”のように、前提となるフレーズを付け加えたりするのだという。また、日本語の名前をそのまま英語にすると不自然になってしまうケースについても説明した。例えば辻原登の『ジャスミン』に登場する女性、登枝(とえ)をローマ字表記するとToe(英語で「つま先」の意)になり、英語名として不自然なためToéにしたり、大胆な例だと、『源氏物語』の葵上(あおいのうえ)(The lady Aoi)を、発音しにくいという理由から、Akaneという全く別の名前に変えてしまうということもあるのだとか。このように、翻訳者がこんなことまでしていいの!?と思うようなことでも、読みやすい英文にするためには許されるのだという。

♦時には作品の構造までも変更する
また、読者の理解が深まるのであれば、原作家と話し合い、原作に変更を加えながら翻訳を進めることもある。それはとても光栄で、楽しいことだとカーペンター教授は言う。特に水村美苗の『本格小説』を訳した時には、本編の前に、160ページ以上の小話が続くという構造であったため、英語版では話の順番を入れ替えた。これは英語の読者が本編にたどり着く前に読むのを挫折してしまうことを懸念して下した判断だそうだ。

講演後は、聴衆からは多くの質問が寄せられ、文学翻訳への関心の高さが見受けられた。

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