アジール・フロッタン復活プロジェクト

©︎スターリン・エルメンドルフ

 

  • 国際文化会館は「アジール・フロッタン復活プロジェクト」を支援しています

 

近代建築の巨匠として知られるル・コルビュジエがリノベーションを手掛け、弟子の日本人建築家・前川國男が担当した難民避難船「アジール・フロッタン(=浮かぶ避難所)」が、2020年10月に日本建築設計学会を中心とするプロジェクトチームにより、パリ・セーヌ川の底から引き上げられました。

今後は船体補修と内部の修復を施し、1929年当時のオリジナルデザインを復元した文化施設として、2022年に一般公開を目指しています。

建造から100年ほど経過しているこの船は、補修、修復、維持などにいまだ多くの資金を必要としています。国際文化会館では、前川國男が会館の東館(1955年、坂倉準三および吉村順三との共同設計、登録有形文化財)および西館(1976年)を設計している縁から、支援を決定。本プロジェクトを通して、稀代の建築家と彼のDNAを受け継ぐ弟子が残した貴重な世界文化財の保存・再生に寄与するとともに、日仏の文化芸術交流をさらに深め、より多くの方々に難民問題などの社会課題に関心を寄せていただく機会を広げていくことを目指しています。

近代建築の父と称され、日本においても多くの建築家に影響を与えたル・コルビュジエ。2016年の世界文化遺産認定は、彼が近代建築史に与えた多大な功績を再認識する好機となりました。パリ市の⽂化財にも指定されたこの船を、その歴史的意義とともに未来に引き継いでいくため、ぜひ多くの皆様のご支援・ご協力をお願いいたします。

白黒写真 ©FOUNDATION LE CORBUSIER / カラー写真 ©スターリン・エルメンドルフ

アジール・フロッタン復活プロジェクト
主体:一般社団法人 日本建築設計学会
協力​:公益財団法人 国際文化会館、ASJ(アーキテクツ・スタジオ・ジャパン)、ル・コルビュジェ財団

アジールフロッタンWebサイト

 

アジール・フロッタンの概要
● 「アジール・フロッタン」と復活プロジェクトのこれまで
● 「アジール・フロッタン」誕生の背景
● ル・コルビュジエと前川
● 国際文化会館とのつながり

「アジール・フロッタン」と復活プロジェクトのこれまで

「アジール・フロッタン」は、第一次世界大戦後のパリ市内にいた難民の避難所として、ル・コルビュジエがリノベーションした船(ルイーズ・カトリーヌ号)のプロジェクト名です。もとは石炭を運搬するコンクリート船でしたが、救世軍の依頼により、1929年にル・コルビュジエがリノベーションを担当し、1995年までさまざまな難民のために使われ続けました。

その後、老朽化により幾度も廃船の危機に晒されますが、2006年に仏人建築家を含むパリ在住の5人のグループが救世軍から船を譲り受け、補修工事がスタート。1929年当時、本プロジェクトを担当したのが、ル・コルビュジエに学び、その後日本における近代建築の原点となった建築家・前川國男氏だったという縁から、2006年に日仏共同の修復プロジェクトが開始。2008年には建築家・遠藤秀平氏による工事用シェルターの設計、2017年には再生プロジェクトが始動し、日本企業による桟橋の寄贈が進められていました。

ところが、2018年2月のセーヌ川の増水により、船体が水没。一時はプロジェクトが暗礁に乗り上げてしまいます。しかし2019年、前川國男を含む3人の建築家が共同設計した唯一の建物としても知られる国際文化会館が助成・協力を決定。日本建築設計学会により「アジール・フロッタン復活プロジェクト」が本格始動し、2020年10月船体の引き上げ成功に至りました。

©FOUNDATION LE CORBUSIER

アジール・フロッタン誕生の背景

第一次世界大戦中、フランスはその鉱山地域をドイツ軍に占領されており、鉄・石炭などの物資不足が深刻化していました。そこで連合国軍による物資や、イギリスからの石炭をパリ市内に運搬するために250隻を超える平底船の製造が計画されます。これらの船団には戦争の被害を受けたヨーロッパ諸都市の名前がつけられ、「リエージュ号」(後のアジール・フロッタン)もその一隻として1919年頃に造られました。

大戦後、役目を終えた船団は一部を残して清算されますが、リエージュ号はパリ北東部のルーアンの港の片隅の放置されていました。その船を偶然発見したのが画家のマドレーヌ・ジルハルトという女性でした。パートナーだった女性画家ルイーズ=カトリーヌ・ブレスローの遺産を受け継いだ彼女は、それを原資に船を買い取り、船にパートナーの名「ルイーズ=カトリーヌ」をつけることを条件に、戦後の混乱でパリにあふれていた難民を収容する施設として活用するよう、救世軍に働きかけます。救世軍の難民救済プロジェクトに義援金を出したウィンナレッタ・シンガー・ポリニャック侯爵夫人が、改修工事の設計者として推薦したのが、ル・コルビュジエでした。

©FOUNDATION LE CORBUSIER

ル・コルビュジエと前川

1929年当時、このプロジェクトを担当したのは、その1年前に渡仏し、ル・コルビュジエの元に弟子入りしていた前川國男でした。前川は1928年3月に東京帝国大学工学部建築学科を卒業すると、その日の夜に神戸から大連へ渡り、シベリア鉄道でパリへと辿り着きます。1930年に帰国するまで、ル・コルビュジエのもとで数多くの作品を手掛けており(コルビュジエ財団の記録上は9つのプロジェクトが確認)、「アジール・フロッタン」においては明確に前川のサインが残されています。

国際文化会館とのつながり

前川國男(1905~1986)はパリから帰国後、神奈川県立音楽堂(1954年)、神奈川県立図書館(1954年)、東京文化会館(1961年)などを手掛けたほか、丹下健三や黒川紀章を育てるなど、日本の近代建築の原点となった人物です。1955年には同じくル・コルビュジエに師事した坂倉準三、フランク・ロイド・ライトとともに来日したアントニン・レーモンドに学んだ吉村順三とともに、国際文化会館を共同設計しています。

 

お問い合わせ

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