神武直彦氏が語る
「宇宙技術のその先へ ―持続可能な社会の共創を目指して」

“日本版GPS” 準天頂衛星「みちびき」によるサービス開始を今秋に控え、人工衛星をはじめとする宇宙技術の利活用に注目が集まっている。最先端の宇宙システムが世界の社会的課題にどう役立つのか、私たちの暮らしにどんな影響を与えるのか――。JAXA(宇宙航空研究開発機構)でH-IIAロケットの打ち上げや人工衛星の開発に携わった知見を生かし、日本や世界各国でさまざまな社会課題の解決に取り組んでいる慶應義塾大学大学院の神武直彦教授に伺った。

[2018年6月]

神武 直彦(こうたけ・なおひこ)/慶應義塾大学大学院教授
1973年生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。同大学院理工学研究科修了後、98年に宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構)入社。H-IIAロケットの研究開発と打ち上げ、人工衛星および宇宙ステーションに関する国際連携プロジェクトに従事。2009年から慶應義塾大学准教授、2018年より現職。専門は社会技術システムのデザインとマネジメント。「社会課題解決型宇宙人材育成プログラム」のデザインでグッドデザイン賞2017を受賞。著書に『位置情報ビッグデータ』(2014年、インプレスR&D)など。

―人工衛星は、私たちの生活や産業の発展に欠かせないものとなっています。このうち測位衛星というのは、どのように使われているのでしょうか。

社会インフラとしての人工衛星には、地球観測衛星、放送・通信衛星、測位衛星などがあります。このうち、人やモノの位置を測る測位衛星は、旧ソ連との冷戦時代にアメリカが開発したGPS(Global Positioning System)から始まりました。今ではGPSの利用は全世界に及び、日本でも活用されています。アメリカのほかロシア、欧州、中国、インド、日本が独自の測位衛星を打ち上げており、軌道上にあるものは合計で100機を超えます。

身近なところでは、自動車やスマートフォンに搭載されているナビゲーションシステムのほか、多くの電子デバイスが正確な時刻を表示できるのも、実は測位衛星のおかげです。そのほか防災や農林漁業、物流、航空管制、海上交通、感染症対策など、幅広い分野で活用されています。

―「みちびき」が4機体制で本格稼働するようになると、何が変わるのでしょうか。

「みちびき」の最大の特徴は、測位精度の向上です。4機での運用が始まると、常に1機以上が日本のほぼ真上の軌道に存在することになります。衛星の信号が真上からダイレクトに届くため、高層ビルや山などの反射によるノイズが少なくなり、精度が格段に高くなるんです。従来のGPSと「みちびき」を連携させることで、10メートル以上あった誤差を、1メートル内に収めることができます。つまり、屋外で衛星の電波が届く範囲であれば、日本国内どこでも24時間、高品質な位置情報サービスを安定的に提供できるようになるわけです。

―具体的にはどんなサービスが期待されていますか。

代表例の一つが車の自動運転です。測位精度が上がることで、車線変更などセンチメートル単位の精度が求められる動作や、目的地へピンポイントで到達することが可能になります。農業では無人走行できるトラクター、物流ではドローンを使った遠隔地への配送サービスなどの実証が始まっているほか、スポーツやヘルスケアへの活用も注目されています。

また、ビッグデータへの寄与も非常に重要です。例えば街中にいる人々の位置情報から人の流れを分析し、街づくりや防災、マーケティングに生かす取り組みがすでに始まっていますが、質の高いデータ取得や分析が可能になれば、当然より良いサービスの創出につながります。


―スポーツというのはやや意外ですね。

位置情報はスポーツ界のキートレンドで、私の研究室でも以前から取り組んでいます。GPSや「みちびき」に対応した受信機を選手たちに装着してもらい、競技中の全走行距離やトップスピードの速さなど、多様なデータを取って戦術立案やけがの予防、トレーニング法につなげてもらうのです。すでにJリーガーをはじめ、ラグビーやアメフト、ホッケーなどのトップアスリートに導入されています。試合と同等、もしくはやや高い運動負荷をかけて練習しておくと、試合中のけがが低減するのですが、実際に慶應大ラグビー部ではシステム導入以来、けが人がかなり減っています。

―「みちびき」の電波は海外でも受信できるのですか。

「みちびき」の信号は、アジアやオセアニア地域でも利用できます。日本と違い、衛星が常に真上を通るわけではないので、いつでもどこでも高精度というわけにはいきませんが、ある程度の精度での測位は可能です。

また「みちびき」のもう一つの大きな特徴に、衛星からスマホに直接ショートメッセージを送信できる機能があります。これはGPSにはありません。地上の通信網がもともと脆弱(ぜいじゃく)だったり、地震や津波などの大規模災害で使えなくなっても、衛星を経由して緊急速報を広範囲に流すことができるのです。インフラの乏しい途上国の場合、宇宙にリッチなインフラがあることが、大きな意味を持つんですね。最近では受信機側の性能も上がり、さまざまな国の測位衛星の信号に対応できる端末が増えてきました。つまり、特殊なデバイスや地上インフラがなくても、新たに開発されたサービスをすぐに導入できるようになるわけです。

―現在、アジアではどのように宇宙システムが役立てられているのですか。

アジアの社会課題の一つに農業の安定的発展があります。私の研究室の例を挙げると、大規模農業を行うマレーシアの企業から、オイルヤシの木の植え替えがうまくいかないので解決してほしいという依頼が、日本政府を経由して届きました。それまでは昔ながらの方法で、性能の悪くなった木を切り、地面をならし、再度メジャーで測って等間隔にマーカーを付けて植えていたそうです。でも起伏や岩があったりで、精度よく間隔を測ることが難しく、木が互いに干渉してしまう。

起伏に対応する計算方法を利用してもうまくいかないと言うので、現地で詳しく話を聞いてみると、作業者の多くは他国から出稼ぎに来た人たちで、そもそも作業の理解度も技能もまちまちだったんです。そこをシステムで補うため、まずはドローンと衛星のデータを使って3次元の地形データを作り、農地を真上から見て等間隔になる最適地点の緯度、経度、高さのデータを割り出せるようにしました。その位置に関するデータを高精度な測位が可能な携帯端末に入力し、作業者が適切な場所に近づくと、それがディスプレーに表示され、音が鳴るシステムを作ったんです。すると短時間で正確に、しかも以前より多くの木を植えられるようになり、作業者の負荷も軽減することができました。

―真上から位置を特定するというのは、まさに人工衛星ならではの技術ですね。

はい。カンボジアやインドでは、農家に対するマイクロファイナンスに宇宙システムを生かす取り組みを行っています。これらの国の農家の収入は非常に不安定なんですが、投資や貯蓄の文化がなく、あるだけ使ってしまって借金する人が多い。ところが給与明細もないため、金融機関に示せる信用情報がないんですね。そこで衛星やスマホを使って、クレジットリスクを把握するプロジェクトを始めています。

まず農作地の場所や作物の種類・出荷時期・量など、各農家のパフォーマンスデータを彼らのグループリーダーを介してスマホ経由で収集し、さらに地球観測衛星で農作地の広さや水源との距離、作物の生育状況など、各農作地のパフォーマンスデータを収集するんです。これら2つの異なるデータを組み合わせて分析することでリスクを算出し、農家と金融機関の双方にとって最適な融資に寄与するよう進めています。

―とても合理的な方法ですが、プライバシーの問題への懸念はないのでしょうか。

データを提供するとその提供者に何らかのメリットがあり、ひいては社会の役に立つという時代が来ています。しかし自分のデータを誰にどう使われるのかが分からないというのは、皆が感じる不安ですよね。日本でも、国がデータをどこまで守るのかという点を含めて、今まさにルールづくりの議論や実証が進められていますが、明確な方針は出ていません。

ではどうすべきか。まず暗号化や電子透かしなど、情報を適切に管理するための技術が必要なのは言うまでもありません。一方、私たち一人ひとりが個人情報などのデータを提供することのリスクをきちんと把握できているか、あるいは把握できる仕組みがあるか、これも大変重要です。自分にとって価値のあるサービスを得るためには、自分のことをある程度他者に伝える必要があります。ですから、自分がどこまでの価値を求め、どこまでのリスクを許容するかを判断できるリテラシーを持つこと、それを可能にする社会の仕組みを作ることが重要だと思います。

―技術に強いと言われる日本ですが、さまざまな社会課題の解決に貢献するには何が必要だと思いますか。

日本が多くの技術分野で秀でているというのは、もはや幻想です。技術のコモディティー化はさまざまな分野で急速に進んでおり、今や日本しか持ち得ない技術はあまりありません。先ほどのアジアの例にしても、ハイエンドな技術もさることながら、価値のあるサービスが求められていて、それを実現するシステムデザインやマネジメントの力が重要だと感じています。それにはまず、対象の人なり組織、地域が抱える課題の本質を理解することが大切です。

私の研究室では性別のみならず、年齢、国籍、専門、経験がさまざまな学生が集まり、システムデザインとマネジメントを学んでいます。国内外から依頼が来ると、現地に行って、観察をし、話をし、時には彼らの作業を一緒にやるんです。そうやって初めて信頼関係が生まれ、現場の人が何を求め、何が問題の要因なのか頭と体で分かってくるんですね。その上で理想のシナリオを描き、それを実現する技術や仕組みなどさまざまな「解空間」の中からシステムをデザインし、理想と現実とのギャップを埋めていく。結果的に宇宙技術の要素を全く取り入れないこともあるんですよ。もちろんわれわれの強みはそこなのですが、それはそれでいいかなと(笑)。「こういう未来をつくりたい」というビジョンと情熱、そして共創のマインドを共にしてこその「技術」だと思っています。

 


このインタビューは2018年6月29日に行われたものです。

聞き手:笹山 祐子(国際文化会館企画部)
インタビュー撮影:松﨑 信智
©2019 International House of Japan


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