【アイハウス・レクチャー】
野球と外交―日米交流 陰の立役者

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  • 講師: ロバート・ホワイティング (ジャーナリスト)
  • 日時: 2018年6月20日(水) 7:00~8:30 pm (開場:6:30 pm)
  • 会場: 国際文化会館 講堂
  • 用語: 英語(通訳なし)
  • 会費: 1,000円 (学生:500円、国際文化会館会員:無料) (要予約:定員100名)
  私たちにとって今日身近なスポーツである野球は、150年以上続く日米外交史の中で重要な役割を果たしてきました。1934年のベーブ・ルースの来日は当時高まりつつあった日米間の緊張を一時的に和らげ、1949年のサンフランシスコ・シールズの訪日は戦火を交えた両国に再び融和ムードをもたらしました。さらに、1995年にメジャーに移籍した野茂英雄の活躍は日米貿易摩擦問題に好影響を与えるとともに、イチロー、松井秀喜、ダルビッシュ有、大谷翔平など数々の日本人メジャーリーガーの誕生にもつながりました。
  明治初めに日本に伝わってから1世紀半のあいだ、野球は日本とアメリカの橋渡しをしてきました。今回は、野球というプリズムを通して日米関係について考察します。
ロバート・ホワイティング (ジャーナリスト)

写真:ロバート・ホワイティング1962年に初来日。上智大学で政治学を専攻し、卒業後はブリタニカ・ジャパンに編集者として勤務するなど、日本での生活は通算約40年にのぼる。日米文化比較の視点から日本プロ野球を論じた 『The Chrysanthemum and the Bat』 (邦訳は 『菊とバット』 サイマル出版会、1977年) がTIME誌よりスポーツ・ジャンルの年間最優良書籍に選ばれたほか、日米間に存在する亀裂をベースボールというスポーツを通して描いた 『和をもって日本となす』 (角川書店、1990年) や、日本における組織犯罪や日米関係の闇を分析したベストセラー 『東京アンダーワールド』 (角川書店、2000年)、イチローなど日本人野球選手のアメリカン・ベースボールへの影響を考察した 『イチロー革命』 (早川書房、2004年) など、現代日本のスポーツや文化に関する著書を数多く執筆している。

レポート

「ベースボール」が米国から日本に伝わったのは1872年。なんと柔道が正式なスポーツとして確立する10年も前のことだ。その後、ベースボールは「野球」として、本国アメリカとは異なる独自のプレースタイルや戦術、指導法を生み、日本の国民的スポーツとして発展した。今回の講演では、現代日本の文化とスポーツに詳しいアメリカ人ジャーナリストのロバート・ホワイティング氏が、「野球」と「ベースボール」に見る日米文化比較、そして時に敵対してきた日米の歴史において、野球がいかに大きな役割を果たしてきたかについて、ユーモアや裏話を交えつつ語った。

鼻が折れても「痛い!」は禁止?
1872年にアメリカ人教師であるホーレス・ウィルソンによって旧制第一高等学校(当時は東京開成学校予科)に伝わった野球。当時はほとんどの生徒が武家の子息だったため、野球にも武士道の精神が多く取り入られたという。そんな当時の野球に関する逸話は、どれも驚くものばかり。一高ベースボール部の主将だった青井鉞男(じゅつお)は毎晩千回も素振りをしていたという。また当時、一高の野球は男らしさの試金石として考えられていたため、練習中に「痛い」と言うことは禁じられており、打球が鼻に当たった場合でも「痛い」とは言わずに「かゆい」と言っていたそうだ。

そうした武士道における精神鍛錬という側面が如実に表れている例としてホワイティング氏が挙げたのが、オフ中のトレーニングキャンプ。期間も短くおおらかで、ゴルフや水泳も楽しめるアメリカに対し、日本は期間が長く、練習内容も真冬の寒さの中でのマラソンなど過酷だと指摘した。また、日本とアメリカでは野球の哲学にも大きな違いがあるとし、個人主義のアメリカでは個のイニシアチブが重視される一方で、日本ではチームの和や努力が大切だと考えられていると分析。ほかにもミーティングの頻度や内容、試合運びや戦術など、数多くの具体例を交えながら、日米野球における文化の違いについて解説した。

日米関係をつないだ選手たち
野球文化においては正反対ともいえる日本とアメリカだが、両国の関係改善に貢献したのも野球だとホワイティング氏は語る。野球の神様として広く知られるベーブ・ルースは、世界第二次大戦の開戦前である1934年、米メジャーリーグのスター選手達とともに来日して大成功を収め、当時高まっていた戦争の機運を一時的に和らげたそうだ。また終戦後の1949年にマイナーリーグのサンフランシスコ・シールズが来日したことは、日米両国の親善の大きな一歩となり、メジャーリーグ球団の定期的な日本訪問の契機にもなったという。

ホワイティング氏は昨今米メジャーリーグで活躍する日本人選手についても触れ、なかでも日本人選手のメジャーリーグ挑戦の道を切り拓き、現役時代には名実ともに日米両国におけるスター選手となった野茂英雄は、日米関係においても大きな役割を果たしたと指摘。単なるスポーツの世界を超えて、当時貿易摩擦で悪化していた日米関係の緊張緩和剤としても機能したとの見解を示した。

イチロー、ゴジラ…日本人選手がもたらした新たな価値観
野茂以降、多くの日本人選手がメジャーリーグに挑戦している。シアトルマリナーズ移籍直後の2001年にMVPに輝き、その2年後には80年以上破られることのなかったシーズンヒット数の記録を塗り替えるなどの目覚ましい活躍を遂げたイチローや、2003年に『People』誌の「地球上でもっとも愛される25人」に選出された松井秀喜、そして二刀流として海を渡り、2018年メジャーリーグの「ルーキー・オブ・ザ・イヤー(新人王)」に輝いた大谷翔平など、彼らの活躍や言動はアメリカ人がかつて日本人に対して持っていた、“車や、電気製品などを輸出にとらわれている顔のない民”というイメージを塗り替えてきたという。

一方、日本人のMLBへの関心が高まったことで、「アメリカ流」の価値観や文化が日本にもたらされたとホワイティング氏は言う。西洋的個人主義に起因するヘッドハンティング、転職、訴訟などを受け入れる土壌が日本社会に培われるなど、選手たちの活躍は野球界のみならず文化・経済界における日本のグローバル化の促進にも貢献したと解説。「野球というスポーツは私たちが相手の国に学ぶことがまだまだたくさんあるということを教えてくれる」と述べ、講演を締めくくった。