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【新渡戸国際塾公開講演】  「民主主義」とは何か


  • ※本講演は終了いたしました。講演のレポートをお読みいただけます。(ページ下)
    • 講師: 佐伯 啓思 (京都大学名誉教授)
    • 日時: 2017年8月5日(土) 1:30~3:00 pm
    • 会場: 国際文化会館 講堂
    • 用語: 日本語(通訳なし)
    • 会費: 無料 (要予約) 受付終了

    戦後70年、平和と安定を求めてきたはずの世界は今、テロの横行やポピュリズムの台頭に直面しています。私たちが追い求めてきた「民主主義」とは果たして何だったのか。「国」のもっとも根幹にかかわるこの概念について、これまでの常識を捉え直し、今の時代・世界にあった新しい枠組みや秩序の可能性について考察します。

    佐伯 啓思 (京都大学名誉教授)
    写真=佐伯啓思奈良市生まれ。京都大学名誉教授、こころの未来研究センター特任教授。1979年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学後、広島修道大学商学部講師、滋賀大学経済学部助教授、京都大学総合人間学部教授、大学院人間・環境学研究科教授を歴任。政治学、経済学、社会学、思想史等から得られた知見を総合して現代社会のさまざまな問題を論じ、経済のグローバル化と国家の関係、西欧近代社会の帰結、その背景思想について考察。サントリー学芸賞(1985年)、東畑記念賞(1994年)、読売論壇賞(1997年)、産経正論大賞(2007年)。『現代文明論講義』(ちくま新書、2011年)、『経済学の犯罪』(講談社現代新書、2012年)、『反・民主主義論』(新潮新書、2016年)など著作多数。 

    プログラム・レポート

    米トランプ政権の誕生、欧州の右翼的・排外的な運動、日本での安保法案の強行採決といった現象を分析するにあたり、民主主義を問い直す論調が目立っている。近著に『反・民主主義論』や『さらば、民主主義』がある佐伯啓思教授も、「民主主義とはおさらばしようと言いたい」と主張する。それは決して社会主義や共産主義を礼賛しているのではない。本講演では米国・英国・日本の政治体制を比較しながら、その真意を解説した。

    ◆ポピュリズムか、国民主権か

    「大勢のメディアはトランプ現象を“悪しきポピュリズム(大衆迎合主義)”と批判するが、そう容易に断定してよいものだろうか?」と佐伯教授は問う。そもそも“ポピュリズム”とは大衆が欲しがっているものを与えることであり、民主主義においては人々が望むことを実現するのが政治家の役割だ。つまり大衆迎合主義とは、国民主権を表しているとも言える。ではその二つの違いは何か。区別は極めて難しく、結局はマスメディアにとって都合のよいことを政治家がやれば『国民主権』となり、その逆は『ポピュリズム』となる。ならば、メディアを批判するトランプの主張もあながち的外れではないかもしれない。「この例一つをとってみても、民主主義という概念は非常に難しいことが分かる。しかし誰もそこを議論していない」。

    日本では安保法案の強行採決の折、国会前のデモ集会に延べ10万人が参加して「民主主義を守れ!」と叫んだ。それはまるで「国民の声をそのまま反映するのが民主主義だと言っているようで違和感を覚えた」と佐伯教授は言う。また、森友・加計問題で急落した安倍内閣への支持率が、問題未解決のままにもかかわらず内閣改造後に8ポイント以上も回復したことを受け、「こんなものに振り回される政治に何の意味があるのか疑問だが、それでも世論が政治を動かすのは、民主主義は国民の意志を反映するものである、とわれわれが認識しているからだ」と分析する。

    ◆民主主義=国民主権なのか?

    同じ民主主義国家でも、英・米・日ではそれぞれ主権者が異なる。君主国であるイギリスの主権者は国王だ。イギリスはかつてフランスのノルマンディ地方から来た強力な王によって支配され、これに反発した豪族や貴族が今の議会にあたるものを作った。やがて議会に上院・下院が生まれ、下院の構成員が一般大衆から普通選挙によって選ばれるようになる。この普通選挙というプロセスが“民主主義”というわけだ。また、アメリカの主権は大統領・議会(上院・下院)・司法に分立されており、どこか一つに主権を集中させないことが大きな特徴となっている。最近では政権支持率も報道されるが、日本のように支持率低迷によって解散などということはまず起こらない。つまり“人民のための政治”であることと、“国民主権”は別の話なのだ。

    ◆民主主義は堕落する

    さまざまな政治体制を分析し、「政治学の父」と呼ばれる古代ギリシャのプラトンが最も手厳しく批判したのが、実は民主制だった。大衆によって選ばれた政治家は、人気取りに走るようになり、人々は甘やかされ、やがて民主主義は堕落していくと言う。佐伯教授によると、プラトンやアリストテレスが比較的ましだと考えたのが、貴族的エリートによる支配だ。物事がよく分かって判断能力があり、大衆に迎合しないエリートが、「公共精神」を持って政治を動かしていくのが肝要だと言うのだ。

    ただ、日本とイギリスでは「公共」の捉え方が異なる、と佐伯教授は指摘する。強力な王権に対立する形で生まれたイギリス議会は、それ自体が公共性を持っている。一方の日本では、『古事記』『日本書紀』を書かせた天武天皇のもとで天皇支配国家が確立し、自然や農産物を繁栄させて民を幸せにするのは、神の系譜として降りてきた天皇の役割ということになっている。極端に言えば日本国のことを考えるのは天皇であり、公共精神を持つのは天皇だけということになる。「そこには、西洋が歴史の中でつくってきたような、民主主義体制への強烈な批判や警戒心がない」。

    ◆目指す社会の形を一人一人が考えよ

    『Democracy in America(アメリカの民主政治)』を書いたフランスの政治思想家トクヴィルも、民主主義を高く評価しつつ、その平等主義がきたす限界をよく見抜いていた。行き過ぎた平等主義によって、人々は少しでもうまく行かないことがあるとそれを政治化する。つまり常に誰かが不満をうっ積させる政治形態なのだ。「民主主義を発展させてきた欧米では、同時にどうやってそれを抑制するかも考えられているのです」。

    「国民主権の下では世論がたちまち国政に反映させられなければならない」あるいは「民主主義が実現すれば理想的な政治が実現する」といった誤った考えは、捨てなければならない。「民主主義とおさばらしようと言うのは、そういうことです。われわれ一人一人が安全保障、グローバリズム、超高齢化、経済の一極集中など山積する問題の本質をじっくり考え、どんな国や社会を作っていくのかというイメージや価値観を持たなくてはならない」と佐伯教授。「塾生世代の若い皆さんにはそうしたことをぜひ考えてほしい」として講演を締めくくった。

    (本講演の内容は、2018年に発行予定の新渡戸国際塾講義録に収録予定です。詳細はこちらをご覧ください)

    新渡戸国際塾とは

    国際文化会館は日本ならびに日本人の国際的な存在感が希薄になっている現状に鑑み、次世代を担う人材育成のため「新渡戸国際塾」を開校しました。「国際性」と「リーダーシップ」をテーマに、塾生たちは、講師陣の豊かで先駆的な生き方や専門性から、多様な考え方と視点を学んでいます。最終年度となる第十期は期を通して「揺らぐ国際秩序―来るべき世界の枠組み」について考えます。各分野の第一線で活躍する講師陣による講演を一部公開していますので、是非ご参加ください。